発達障害を疑い始めた低学年での不登校

子育て

この記事は、発達障害の診断がつく前の幼少期エピソードをまとめた「発達障害っぽいのは幼少期からでした【子供の成長日記】」という記事のつづきです。

この記事では、息子の小1・小2時代の様子をまとめてあります。

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小1の時

小学校へ入学すると幼稚園時代の登園しぶりに続き、今度は登校しぶりに悩むことになりました。

1学期は一緒に登校したり、励ましたり、時には厳しい声をかけたりしてなんとか乗り越えましたが、2学期からは不登校へ。

2学期は付き添い登校をしてみるも、登校の度に息子が元気を失って登校しぶりが悪化するに伴い、やがて月に数回ほどの別室登校へとなりました。

この頃、医療機関等への発達相談を通して特別支援級への移行を検討し希望するも、学校との話し合いで特別支援級への移行は不要との結論となり、その後は色々とあって普通級+通級へと移行。

3学期も教室への復帰はできず、このころは別室登校をメインに通級教室を利用させてもらっていました。

小1のころの学習面と行動面

学習

学校では行動が遅かったり、気持ちの切り替えが上手くできなかったことから、よく先生から注意を受けていたようです。

例えば、図工の時間に絵を書いていると夢中になりすぎてしまって次の授業へ移行できない、一斉支持が通りにくいなど。

また、ひらがなの書き取りで書き直しをさせられること、テストなどでバツを付けられることに対して、非常に苦痛を感じていました。

小1のころの家庭での様子

この頃の家庭での困り感といえば幼稚園時代の困り感に加え、自己肯定感の低下と学習に関する困り感が加わっていきました。

多動性は少し落ち着いてはきたものの、入学後は勉強に対する嫌悪感が激しくなってしまい、幼稚園の頃とはまた違った子育ての悩みがつきなくなっていきました。

この頃の息子はというと、とにかく「書く」ということを嫌がり勉強が嫌い。そのため、宿題をさせることが非常に困難でした。

 

すると、息子のメンタルは下降。

・宿題はやらなければならないと分かってはいるのに取り組めない自分

・学校さえ行けない自分を「ダメな自分」

と捉えるようになり、息子の自尊心はどんどん低下していってしまいました。

 

 

でもそれらの悩みは、医療機関等での発達相談をキッカケにホンの少しずつ減らすことに成功。

医師や心理士から「接し方や環境を整えることが大切」だと教わり、試行錯誤しながらも息子への接し方や学校との関わり方を変えてみると、生活での困り感は少しずつ少しずつ減らすことができたのです。

そんな子育て方法は今でも、書籍や専門家からのアドバイスを参考に学びながら実践しています。

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小2の時

2年生の春、息子はひとまず教室へ復帰することができました。

とは言っても、その登校はとても不安定なもので、毎日のように登校を渋る日々。

・登校しても「やっぱり教室に入れない」といって自宅に帰宅
・興味のある教科からの登校
・給食の時間からの登校

などといった遅刻中心の登校で、欠席もまだまだ多めでした。

 

2学期。

相変わらず登校しぶりは続きましたが、1学期に比べるとやや登校はスムーズになりました。

でも登校がスムーズになった分、今度は早退中心の学校生活へ。

不安定な登校はこの頃も続いていましたが、1年前は参加できなかった行事に次々と参加することができ、やっと少しづつ学校に適応できるようになってきました。

 

そして3学期。

この頃は「早退する」ということが心理的に負担になってきたようで、遅刻中心の登校になりましたが、この頃からは少しづつ学校生活が楽しくなってきた様子でした。

小2のころの学習面と行動面

漢字の書き取り

1年生の時から「書くこと」に抵抗感が強く、勉強を教えることが大変でした。

学校では板書が進まない、書き取りが嫌いなので漢字が覚えられないなど困っていましたが、板書は無理強いさせない、漢字は通級でタブレットで学ぶなどしていました。

書くことは勉強にとって必要不可欠なので、この頃はとにかく「書く」ということに少しづつ慣れるよう、親子で試行錯誤しながら勉強していたものです。

当初は書字障害があるのではないかと心配でしたが、その可能性は低そうだったので経過を観察。

高学年になった今でも書くことは嫌いですが、書字への抵抗感は前に比べてかなり低くなり、書ける漢字がだいぶ増えました。

小2のころの友人関係

2年生では気の合う友達が増え、登校してしまえば友達と楽しく遊べていました。

対人関係は非常に心配でしたが、意外と特にトラブルはなく安心したものです。

小2のころの家庭での様子

登校が不安定だったことから、この頃は学校に適応できるようになることを目標としていました。

その為、宿題に取り組むことは相変わらず困難だったのですが、先生と相談し、宿題は無理のない範囲で取り組ませることに。

2年生からは計算ドリルの問題をノートに書いて解くという「書字の負担」が増えてしまったので、

・問題については私が代筆する

・とりあえず3個は書いてもらう

などの工夫をしていました。

 

小3と小4での様子については、こちらの記事をご覧ください。

>>五月雨登校を克服した3年生と4年生ころの話

就学前の様子については、こちらの記事をご覧ください。

>>発達障害っぽいのは幼少期からでした【子供の成長日記】

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